ダルマ武蔵の達磨の世界

布達磨に興味を持っていただき、ありがとうございます。

着物で作られた可愛い達磨さんから毛の付いた摩訶不思議な達磨さんまで、色々な生地で達磨を制作しております。

一般的な達磨は張り子で作られておりますが、私の達磨には着物や和柄生地、海外の魅力ある生地などから制作しております。中には綿が入っており温もり感じるような手作り達磨です。又、色々な生地で作ることにより達磨を身近に感じてもらいたいという思いもあります。

そして時々、摩訶不思議な達磨を作ることもあります。そういう達磨であっても興味がなかった方には新鮮で、達磨を置くきっかけにもなったりと必要とされることは私の生きがいにもなりとても嬉しいことだと思っております。

日本では達磨と言えば赤を基調としておりますが、火や血の色である赤は古来から魔除けの効果があると信じられていたからです。

今では、赤白色以外にも、黄色、緑色、金色等の色を基調とした色とりどりのだるまも製造されております。また、達磨のボディに絵を描いたりなど様々なアーティストが次の世代まで残す活動をしております。

そんな達磨さんが長い間、変化しながらも愛される理由は様々ですが、ただ願掛け縁起物だけの置物ではないのです。

達磨大師「だるまさん、だるまさん」と親しく呼んでいるその実態は、菩提達磨円覚大師というお方です。

達磨大師は、今から1600年ほど前、南インドに生まれ、布教伝道のため中国へ渡来し禅宗の基礎を築きました。 「一華開五葉 結果自然成」 達磨大師が残されたこのお言葉は、「一つの華から美しい五枚の花びらが開き、それがおのずから立派な果実を結んでゆく」という意味で、開運吉祥・心願成就を表す大変おめでたい語といえます。

 

「本来の自己に目覚めて、それを花びらのように開けば、果実が自然に実るように、おのずから大安心の境地に到れる。」という意味も込められており、「自分自身の華を開き、心豊かな人生を歩んでほしい」という達磨さんの願いが込められているといえるでしょう。

また、無功徳(むくどく)と言う有名な禅語があります。武帝と達磨大師のやり取りで放たれる達磨大師の言葉です。無功徳(目先の功徳を求めすぎていないか)という意味です。(功徳を求めれば功徳なし)

 

達磨大師は私たちが生きていくうえで魔法のような教えを沢山残しております。

本来、願掛けをするのも間違っているのかもしれません。

しかし達磨大師の分身として、また堅実なる信仰の中心として神棚に祀り手を合わせる対象になっているのも、なにか目標を達成するための向上心を常に高めてくれる存在だからと思います。

また、達磨の願掛けで目入れの風習がありますが、達磨が作られた当初は目が描かれていました。江戸時代に綺麗に目が描かれていない達磨は売れなった為、願いが叶ったら目を描くといういわばエンターテイメントみたいなことが人気の始まりの様です。

達磨の目入れは願をかけ、願いが叶えば目を入れるという儀式も一つの文化として面白いと思います。しかしそれに縛られて、本来為すべき事を見失うことは避けたいですし、今を見つめる心の目も大切なのではないか言う思いを込めて、だるま武藏は初めから両目を入れております。

願いが叶ったら燃やして供養する事もありませんので、手作りですので大切にして頂けると嬉しいです(^.^)

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色々と達磨を制作しておきながら、まだまだ知らないことだらけですが、目入れ達磨さんが好きな方も、そうでない方も達磨大師の伝えたい言葉の意味を知ってみると、達磨の見方が変わってくると思います。

無功徳(目先の功徳を求めすぎていないか)と日々反省しながら、今日も達磨をコツコツと作り修行に励みたいと思います(笑)

長くなってしまいました。ありがとうございました!